おでん文庫の本棚

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見えないものを教えてくれる霧の中の絵本

 こんにちは!毎日のささやかな楽しみに、携帯に計測された一日の歩数を見るというのがあります。それが先日の日曜日、携帯を持っていくのを忘れて外出し、記録が0歩。これが実際の数字とは異なるとはいえ、ゼロという数字をみていると一瞬だけ切なさが湧いてきました。この0歩という数字の裏側、自分だけは分かっているけどこの携帯には理解することが出来ない。結果的にとらえる数字だって見ようとすれば、裏側がある。

 

 そんな見えないものの話をするのも、今回紹介する絵本に関係しています。

 

 『きりのなかのかくれんぼ』
 アルビン・トレッセルト 文 ロジャー・デュボアザン 絵 片山 令子 訳

 

 作者のアルビン・トレッセルトアメリカで生まれ、幼児雑誌の編集に携わっていた方です。ロジャー・デュボアザンと組んでいくつも絵本を出版している中で、私が初めて読んだ絵本で心が釘付けにされたのが『きりのなかのかくれんぼ』でした。

 

 物語は、海辺の町が突然の霧に襲われて(町の人にとってはおそらく季節恒例のものだと思います)、その中で過ごす3日間の記録です。

 

 作者は出版しているその他の絵本でも自然情景をよく書いており、実りの季節や自然の移り変わりなど、自然対して感じる喜びがじわじわ広がるような内容に思うのですが、霧に関してはハプニングともいえて、海には出られないし、いつもと違う生活を余儀なくされるといった状況となるので、今月に紹介している霧や幻想のテーマの他の本のように、読んだ後に何かが残ったのか、残ってないのか、不思議な読後感を残す展開です。

 

 ただ、以前紹介をした『夢を追う子』『きりのなかのはりねずみ』は、ちいさい子どもがひとりで旅をして現実にはいないものたちと出会ったり、擬人化した動物の冒険だったりと、現実離れしたものという前提で読むので、物語を楽しむ余裕がある気がするのですが、今回紹介している作品は、現実の出来事を取り扱っているため、物語の展開を楽しむのとは別の見方をして読んでみるのが面白いと思っています。

 

 というのも、この絵本の翻訳者は片山 令子さんで、詩を書く人です。詩と捉えると、この本の内容がとてもしっくり収まります。アルビン・トレッセルト自身が言葉の表現を大切にされており、『しろいゆき あかるいゆき』のあとがきにて、物語の作り始めを知りました。研ぎ澄まされた言葉を生み出す作家と翻訳家の出会いが際立っている絵本です。

 

 詩といえば通常の物語よりも短い文章で、場面や色、空気、味、感情などさまざまなものごとを伝えます。今回の物語も厳選された短い言葉での表現、形容詞で大げさ飾り立てない、淡々とした場面描写が続きます。

 

 すごいなと思うのが、一見、小学生の夏休みの日記みたいに、ぶつ切りにした内容がただ並んでいるようなところに、感じるものがあることろです。

 

 「今日はAちゃんとプールに行った。帰りにかき氷を食べた。家でお母さんに宿題城と怒られた。」

 

 というのがぶつ切り。で、安直なのですが分かりやすいストーリー性でいうと、例えば「信号が 赤に変わる。」という短い言葉は、ただ状況の変化を伝えただけの表現にしか聞こえません。しかし、その文の前後でどのような要素が追加されていくかによって、内容を予想することがあります。「信号が 赤に変わる。子どもが ボールを追いかけている。」なんて文が続くと、このあと何が起こるかドキドキしませんか。

 

 この絵本はそういう予測をつける展開の形式に頼っている印象を受けないのです。もっと、一語の使い方やAとBの文どちらを先にするかなどより繊細な言葉選びが行われているように感じるのです。

 

 これまで、私は言葉を読んだ時に映像を想像する流れが自然だったのですが、片山 令子さんの著作の『惑星』という本を、今回を機に読んでいたら、自分がブラウン管の映像越しにものごとを見るのではなく、その場に自分が参加しているような一体感、といった見え方を考えさせられました。場に染まるという言葉がありますが、自分が霧や海、家などを含めた環境に溶け込んで、それらの一部になり、そこから感じたものを描き出すような考え方です。

 

 私は、知らない町でも、たくさん歩き回ることで、自分がその町に溶け込んだような気になるので、歩きまわることを意識することがあるのですが、何かに馴染むためにそのものと関わっていくときの感覚と近いのかなと想像しています。新学期になってクラス替え初日から最終日までの間で、クラスの空気感の変化を感じるような、それは実際の当事者にしか分からない、言葉に出来ないものがあるはずです。

 

 本当は当事者以外が言葉に出来ないものを、片山さんは、繊細な心で感じて言葉にしているのかなと考えると、この絵本を読むとき、絵本の世界の中にいる自分を想像して、言葉を感じ取ることを楽しんでみたいです。そして、よかったらみなさんにも試してみてほしいです。

 

 ではでは、霧と幻想のテーマの本はあと1冊となります。また次回もどうぞよろしくお願いします!

 

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