おでん文庫の本棚

大人もこどももみんなで味わう児童文学をご紹介

お互いを認め合う関係が心地よい物語

 こんにちは!朝の日差しに橙色が混じるようになり、春の陽気が近づいてきたのを感じる最近です。梅の花も見頃になりつつあり、最近は近所を散歩する度に花が次々とほころんでいく様子を見守っています。

 

 春が近づいてくると、学生であれば新しい環境や人との出会いに期待を膨らませたり、一方では環境に馴染めるか不安になることがあったりするのではないかと思います。私はクラス替えのことを考えすぎてクラス発表の場に立ち会う夢を見るほどでしたが、みなさんはいかがでしたでしょうか。

 

 そうやって子どもの頃から人との関係を築く機会を次々と経験していくように、新しい出会いというのは社会人になってからもあるもので、しかも仕事上となると自分と立場も考え方も違う人とも関わる必要があるのです。そういう仕事上での人間関係の築き方については処世術というかたちで方法論もあると思うのですが、これから紹介する本を読んでいると、他人と他人がお互いを尊重して理解し合う関係が見えてきて、いいなと思うのです。

 

 その本というのは、

 富安 陽子 作 安永 麻紀 絵

 クヌギ林のザワザワ荘』

 です。

 

 物語は「ザワザワ荘」というアパートに主人公の矢鳴(やなる)先生が引っ越しをすることから始まります。矢鳴先生は、背が高く黒いひげを胸まで生やした優しい科学者です。ただ、その怪しい見た目と科学者という何をしているのか理解しづらい職業であるがために、大家さんから唐突に住んでいたアパートを追い出されてします。そうして出会ったのが、妖怪が住んでいる「ザワザワ荘」という全4部屋のアパートです。

 

 そうなんです、この物語では人間の先生と妖怪たちの交流が描かれているのです。設定からして人間と妖怪で良い関係を築くなど幼稚な子ども向けの物語だろうと思われてしまうかもしれませんが、そんなことは無いのです。

 

 昔、男女の恋愛エッセイで男と女では脳の作りが違うので、考えが違うのは当たり前なので相手のことは宇宙人と思って付き合え、といった指南を読んでなるほどと思ったことがあるのですが、これもある意味で自分=人間、異性(他人)=宇宙人=妖怪といった捉え方であっても、あながち間違っていないと思います。言いたいのは、他人とは考えも環境も異なるものだし、逆に自分というのは他人から見たら宇宙人になるということです。

 

 なのでたとえ妖怪が出てくるとしても、そこは気にすることはないのです。妖怪は普通の人間と同じようにご飯を食べたりお喋りをしたり、妖怪ならではの特殊な事情を差し置けば人間と変わりない存在です。この物語の場合は妖怪であっても人と接するのと変わらない振る舞いをする矢鳴先生の人の良さが引き立っています。

 

 矢鳴先生は自分の目で見たものを信じる心があるので、ザワザワ荘に住む妖怪たちとも打ち解けていきます。この最初に打ち解ける機会というのが、引っ越したその日に矢鳴先生手製のご飯を部屋で振舞ったとき(美味しいおつまみとお酒を飲み交わします)になりまして、人間と一緒なのですよね。ドラマチックな展開があるわけではなく、会話や仕草の中からお互いを知っていく様子を大げさな表現無しに描いています。

 

 いいなと思ったのは、矢鳴先生が相手のことを知ろうとしているように、相手の妖怪も矢鳴先生を知ろうとしているのが伝わることです。物語の途中で、矢鳴先生が自分の心に従った行動をとることがあり、そのことを妖怪がどう受け止めていたか語られるシーンがあります。その回答がとてもよいのです。

 

 SNSやメールなど対面ではないコミュニケーションが増えてきた昨今、相手の発する言葉からの情報が対面で会話するよりも少なく、私自身、誤解のない文章を書くことを心掛けているつもりでも、受け取り手に考えが伝わっているのか自信がありません。尚且つ、受け取り手に誤解のないようにと慎重に考えた結果、会話よりも自分の人間性は相手に伝わりづらくなっているようにも思います。私のダメな部分ももちろんあって、それがSNSやメールだと慎重すぎて上手く伝わっているのかどうか心配になります。

 

 ダメというと変な聞こえですが、血のつながった家族に安心感を感じるのは自分の良いところもダメなところも含めて知られていて自分を取り繕う必要が無いからで、心のどこかで他人ともそういう自分の取り繕わない関係を築きたいという願望があります。そうなったときに、行動の芯の部分がとても大事なのだとこの物語を読んでいても思います。

 

 少年漫画を読んでいると出てきたりする、目的は違うけれどそれぞれの正義に向かっている2人が衝突するとき、どちらも目的に向かう意志が強い程、見ている側は2人にに甲乙を付けるような考えは持てなくなります。そして2人は互いに、相容れないとしても同じような強い意志を持つ似た者同士として、実は存在を認め合っている関係でもあるのかなと思っています。

 

 人と関係を築くというのはどういうものかをこの物語が考えるきっかけとなり、そしてこれから人との出会いを期待する春が到来する流れ、いいですね!

 

 次回は3月のおでん文庫の棚に置く本の紹介予定です。またどうぞよろしくお願いします。