おでん文庫の本棚

大人もこどももみんなで味わう児童文学をご紹介

翻訳で大切なことを勘違いしていたお話

 こんにちは。カレンダー、みなさんはきちんと月替わりの1日にめくっているでしょうか。私などはつい、月日が流れることを認められずにカレンダーをめくることをせず、留めてしまうことがあります。まだ2月でいたいんだ…。

 

 さてさて本日紹介をするのは、こちらの本です。

 

  『幼い子の文学』

 瀬田 貞二 著

 

 瀬田 貞二さんの存在を意識したのはどこが初めだったのか、『ナルニア国物語』シリーズや『指輪物語』、『ホビットの冒険』と児童文学の翻訳者だということのを知り、またさらには『英米児童文学史』といった貴重な資料の編集にも名を連ね、そして児童文学に携わった方の書籍にもちらほらと名前を見かけることがありと、児童文学における各方面で接点があったことで、印象が強まっていったように思います。

 

 SNSYoutubeでフォローをしていないアカウントも、おすすめで表示がされて何回か遭遇している内に記憶に残ることがあるように、するっと懐に入り込んできます。そこから興味が湧けば、どんどんアカウントの投稿を遡って見にいくことも。ではこの興味が湧くという現象は、翻訳者という立ち位置の人に対して、どのくらい反応が起こるものなのでしょうか。

 

 SNSなどのアカウントに関しては、運営している人の多くはアカウントを所持している本人で、アカウントで発信する制作物についても本人が制作を行っていることが多いと思います。例外的にアカウントの運営が本人でない場合で、芸能人など思い当たりありますが、自分が即座に思い浮かぶのは漫画家の高橋 留美子先生の公式アカウントです。アカウントがあるだけでもう感謝いっぱいな気持ちになっており、スタッフの投稿もチェックをしますが、つい期待してしまうのは先生の発するコメントの投稿です。漫画家の先生然り、小説家の先生、絵本の作者、と原作者本人への注目度は高くなるだろうと思う中で、翻訳者という人達への注目度は、どのくらいあるのだろうと気になるところです。

 

 今思うととても恥ずかしい浅い考えなのですが、昔、翻訳というのは外国語が堪能で海外の文化に理解があれば出来るものだと思っていました。もとの文章を都合でアレンジせずにそのまま伝えるのが大事だと、まあ語学の語の字もないからこそ思えていたわけです。いろいろな本を読んでいるうちにそうした浅い考えが払拭されていくのですが、考えを変えるきっかけとなったのがいくつかあります。

 

 そのうちのひとつは『星の王子さま』の翻訳を行った内藤 濯さん。子どものための読みものだということをよくよく念頭に置き、言葉の紡ぎ方、読点の置き方ひとつにもこだわっていた、というエピソードをどこかで(いつも大事なところをメモし忘れてすみません)聞いたことです。

 

 人への情報の伝え方、そうしたテクニック本が巷に出ていることは知っているのに、翻訳となった場合にどうしてそうした発想が抜けてしまっていたのだろうと、はっとさせられました。

 

 子どもにとって、もしかしたら絵本や児童文学は初めて出合う言葉の宝庫であるかもしれません。そうしたときに、日本語のゴロのよい言葉の響きだったり、正しい言葉の意味の伝わり方といった経験や知識が必要になってくるのだろうと予測できます。

 

 言葉選びが面白いとおもったのは、『ドリトル先生』シリーズにでてくる、不思議な生き物”オシツオサレツ”。頭が2つある生き物なのですが、この名前から生き物の生態がなんだかおもしろおかしく見えてきます。頭の側がそれぞれ押し合って、まるでおしくらまんじゅうをしているような、そんな絵面が浮かんできます。しかし考えてみると、このオシツオサレツの言葉のニュアンス、一体自分はどこでどうやって知ったのだろう。まあなんにしても、この言葉のひとつを面白いなと感じて楽しめているのが嬉しいものです。

 

 こうして、翻訳とは語学が堪能であることだけでなく、日本語力が大切だということに気が付かされるのと同時に、翻訳者の頭の中がどんな風になっているのか、本に書かれた言葉の奥にどんなことを秘めているのか、気になってきます。そうして手に取ったのがこの一冊となります。

 

 さてさて本の内容にたどり着くまでの前置きが長くなってしまったので、次回に続けたいと思います。次回もどうぞよろしくお願いします。

 

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