こんにちは!もうすぐGWがやってくるのが嬉しい反面、6月の祝日なしを今から憂いているむなしい大人です。
しかし今回、そんなくさくさとした気持ちを、からっと晴らしてくれる本と出会いました。
木はえらい イギリス子ども詩集
谷川 俊太郎 / 川崎 洋 編訳
タイトルと谷川俊太郎さんのお名前を受けて最初は、物事の本質を捉え、薬膳のようにしみじみと体に栄養がいきわたる言葉の粒たちを想像していました。
ところが実際、木はえらい、という詩は、身近すぎて意識していなかった当たり前のものに目を向けることを知るという発見のある詩で、想像を裏切らない内容でしたが、その他大多数の詩というのは、中にはぶっとんだ内容が含まれています。
危険なものが出てくるし、子どもは大人に反発するし、何をしでかすのか分からない。
しかしそれがとても痛快で、すかっとするのです。子どもの気持ちと分かり合えるのです。
登場人物に様々なタイプの学校の先生が出てくるのですが、筋があるのか分からない都合を押し付けてくる先生、ちょっと変わり者ですが害のない先生、子どもでも思わず突っ込んでしまうユーモアのある先生、この中で誰が好きかといったら明白な答えが返ってきそうです。
忖度も屈託も権力もない子どもたちが発する言葉を、実際に面と向かって言われた時に私はたじろいでしまうのか、笑って聞けるのか、どうなんだろうと思ってしまいます。
どのタイプの先生になってしまうのだろうと…。
大人になると気を付けたり我慢したり、考えることも増えて、その分考えなくなることも増えて、子どもの頃と同じままではいられなくなるものだと思います。
そうして子どもの頃の感覚を忘れて大人になってからこの詩を読むと、私は子どもだからこそ自由に言えることがあっていいなと思います。
大人が時には子どもにコテンパンにされているのも面白い光景です。
それは、やっつけた、とかそういうことではなく、これは一本取られたなと、笑えるような、微笑ましいものであってほしいです。
今のところ、私は適当に開いたページを読んでは、炭酸ジュースの一口目を飲んだ後のようにすかっととして、また本棚に戻して、という風にこの本と付き合っています。
もしこの本を見かけることがあれば、何気なしに一遍、読んでみると面白いと思います。
それではまた次回も、どうぞよろしくお願いいたします。