
こんにちは!本日は皆様へお礼をお伝えしたいです。おでん文庫の本棚ブログを読んでくださり本当にありがとうございます。
児童文学の情報を探そうと思えば、書店、チラシ、HP、SNS、Youtubeなど、頼りにできる場所は数多とある中で、この場所にたどり着いてくださったご縁に、嬉しさもひとしおです。
私はコロナ禍の最初の緊急事態宣言を受けたときに、不思議な縁で福音館の『ハイジ』を読んだことをきっかけに、児童文学の世界に歩み寄っていきました。児童文学は、大人も子どもも読めば心をすっくと立ち上げさせる力があり、また、簡単に答えの出せない深いテーマが投げかられて自分の行動を顧みるきっかけを与えてくれます。そしてこの児童文学の世界に関わる方々の知識の幅広さ、深さ、熱量、信念、全てがかっこいい…この方々に追いつくことは到底難しいと思うのですが、尊敬する方々が見ている世界を知りたい、そんな思いで、児童文学を勉強しています。最近は日本の児童文学作家を順繰りに調べていて、小川未明、坪田譲治、浜田広介、(途中でアメリカ文学に寄り道をして)今は宮沢賢治の番になります。
ここで、どんなミラクルが起こったのか自分でも要因が分かっていないのですが、前回の記事でブログの読者の方から、かつてないほどのたくさんの反応をいただきました。記事下にあるにほんブログ村のバナーが多数クリックされ、初めてブログ村の【童話・児童小説】カテゴリで1位、【絵本・児童書】カテゴリで2位にランクインしました!ありがとうございます!
前回の記事↓
世の中にはあしながおじさんがたくさんいるのだと思いました…。ブログを見てリアクションしてくださる方がいるということが分かり、とても励みになりました。本当は、もっとできる人間であったら、上手に本を紹介して人に読んでもらう仕組みを考えたりできたかもしれませんが、それよりも自分の場合は成長すべきことが山積みで、問題を直視すると苦い気持ちにもなりますし気が遠くなるのですが、ぐっと堪えて地道に山登りすることにしました。
なのでブログも最近では本を紹介することよりも、勉強寄りにシフトしている傾向です。本を読んで自分が変化していくことがもしできたら、それはつまり、読書というのは自分を成長させられるものであり、そう実感できる機会が増えていくほど、心から人に読書をおすすめできるのではと考えるようになってきました。
今の時点でも、自分の中で変化はいくつかあります。人に言うのも恥ずかしいですが、以前よりも頭の中のもやが少し晴れて、本の言葉が入ってくるようになってきました。ちょっとずつでも本の内容をメモしたりまとめたりしていくうちに、以前よりもものごとを展開して考えられるようになりました(それでもまだまだですが…)。こんなささやかな一歩に比べたら宮沢賢治は超人です。どのくらい本当かどうか定かではありませんが、畑山 博 著 『教師 宮沢賢治のしごと』で、宮沢賢治は速読ができた上に、見開きページをカメラのシャッターを切るかのように、文章を目に焼き付けて把握したといった内容が書かれていて、内容の要点もしくは本質を掴むことが長けていたのか、瞬間記憶能力なのか、とにかく驚かされました。
そんなこんなで宮沢賢治について調べていくと、宗教、歴史、農業、科学と、知りたいことがたくさん出てきます。現在は宮沢賢治が入信していた宗教やお経について調べていますが、きっかけが無かったらきっと無関心のまま過ぎ去っていたはずです。
そうしてあまり関心のなかった宗教を調べていると、思いがけず腑に落ちることがあります。宗教は、意外にも時代と人に寄り添って変化し、人を救うという目標に対して柔軟さがあるように感じました。例えば、ブッダは死んだ→実は死んでいなかったと後から書き換えられ、強引に事実が捻じ曲げられていることに驚きしましたが、他で置き換えてみれば、絵本『としょかんライオン』のお話のように図書館内での決まりごとが絶対としても、それで救われる人が一部だけであるなら、決まりごとは見直しが必要だということ。見方を変えてみるば日常の暮らしを見直すヒントを得られるかも、と思うようにまでなってきました。
ちょっとお礼の話から逸れてしまいましたが、今回幸運にもランキング上位に入ることができて、今の地点からちょっと先の景色をみるためにこれからも頑張ろうと気合が入りました。今も、宮沢賢治の宗教観を調べて頭にハテナを浮かべてゴールが見えませんが、粘ってみます。
最後におまけで、前回の記事でちらっと石の話をしたので、最近見た石の写真をお裾分けです。

みなさんはこの石が何かに見えますか。私は優しい顔をしたE.T.や子泣きじじいが思い浮かんだのでした。
ではでは次回もどうぞよろしくお願いします。
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