おでん文庫の本棚

大人もこどももみんなで味わう児童文学をご紹介

山と人々の繋がりを感じる絵本

 こんにちは!今日はこの記事を書く少し前に近所の図書館へ本を返しに出かけていました。向かう途中に花を咲かせた桜並木があり、いつもより多い人出は、どこもかしこも顔がほころぶ光景が広がっていました。自分が現在バタバタしているために花見をする気持ちがちょっとおざなりでしたが、桜を楽しんでいる人たちを見ていたら不思議と心が穏やかになりました。

 

 さてさて本日紹介するのは、朝鮮半島に実在する山を描いた物語です。

 

 『山になった巨人-白頭山ものがたり』

 リュウ・チェスウ 作・絵 イ・サンクム/まつい ただし 共訳

 

 朝鮮では白頭山を聖なる山として、そして国家を形成する始まりの場所として、ずっと昔から信仰をしてきたと聞きます。

 

 日本にも国を象徴する山として富士山がありますが、信仰心を尋ねられるとちょっとハテナが浮かびます(すみません)。日本は昔、山は恐ろしい場所として認識されており、物語の中でも山は天狗や山姥など身に危険が及ぶ者たちが登場し、日本神話でも富士山は登場していないはず。

 

 もし日本から富士山が無くなったら、一家の大黒柱が消えるような、ぽっかり穴の開いた感覚に陥りそうですが、これは現在の住まいもしくは地元の神社や山が無くなってしまうことも、同じようなぽっかり感が生じることになるのではと思っています。国全体のうちのひとつが特別というよりも、身近な存在も同じく大事という並列型であります。しかし、それが例えば富士山を中心に人々の間に強い繋がりが出来ている場合、自分の考える規模の何百倍の結束力なのだろうかと想像が膨らみます。

 

 この物語では世界の始まりから、人々が白頭山を中心に結束していく様子が描かれています。世界の始まり方が日本とも、ギリシャ神話とも違っていて、新鮮に写ります。主要な登場人物は農民で、真面目に大地を耕そうとする人々にいくつかの困難がやってきます。そうしたところを巨人が救いの手を差し伸べます。

 

 それが白頭山とどう関係するのかは、本を手に取って読んで頂けたら嬉しいのですが、大きくは日本の昔話とも通じるような、善い行いをしている人達は報われるという流れがあり、読みやすく感じると思います。

 

 この絵本はサイズが大きく、全ページが見開きで絵が描かれており、油絵のような筆遣いに立体感があり力強い息遣いを感じつつも、淡いオレンジの温かい色使いによって、幻想的な霧に包まれているような雰囲気も持っています。

 

 表紙にある絵は作中にあるワンシーンで、赤い顔のお面と白い毛に覆われた体のまるで獅子舞のような被り物が登場します。これは何だろうと思って調べていたら、「タルチュム」という韓国のお面をつけた劇の画像でも似たものを見かけました。獅子舞とまわりで踊る人々を眺めていると、誘われて中を読んでみたくなります。

 

 また、今回この本を取り上げたきっかけのひとつに、翻訳に名を連ねている松居 直さんの存在もあります。松居 直さんといえば、福音館書店の立ち上がりから「母の友」や「こどものとも」の創刊をしており、子どものための本を子どもに届けるために大変な情熱を注いでいた方です。第二次世界大戦後の当時、まだ子どものための絵本というのが確立されていなかったときに、自分の培ってきた感性を信じて、子どもの絵本というものを確立していきました。松居 直さん著作の『ことばの体験』という本を読むと、自身の子ども時代の読書体験が大人になっても大きく影響していることを知ります。

 

 松居 直さんの本を読んだのは、今回紹介する絵本を読んだ後のことになりますが、この良いものを見定める直観について思うところがあります。

 

 自分は子どもの頃はあまり絵本を読んでいませんでした。病院の待合室で『ぐりとぐら』を読むのが楽しみだったことと、家にあった林 明子さんと五味 太郎さんの絵本がパッと思い出せる唯一の絵本体験かもしれません。何がよい絵本というのかそんなに経験値もなく、今になって児童文学を勉強したり、本を読んだりしてせっせと鈍い感性を磨いているところです。

 

 ところで大人になってさまざまな情報に触れた状態だと、本を前にして、なにかしら想像が先立つことがあります。例えば、何パーセントの人が泣いた!というキャッチコピーを聞くとしらけるみたいな、そこで本への興味が薄れるのを気を付けたいものです…。勉強で言えば、英語の勉強用の教材を探すときには本を何冊か読んでみて、目的や手段が様々あることを知ろうとします。そして、調べていくうちに自分に合う思える著者に出会えたりするわけで、それはいくつかの本に触れてみないと分かりません。

 

 なので出来る限り幅広く本を読みたいという気持ちでいて、そしてわずかながらでも自分の感性が鍛えられていることを願う日々です。そんな中で、この絵本は直観的に良い絵本だと表紙の絵を見て感じました。お財布事情を鑑みて、絵本を買うことにも結構慎重になっているのですが、この絵本はジャケット買いして成功した珍しい例で、ちょっと嬉しかったのでした。

 

 白頭山は実際にある山なので色々調べて知っていくことも面白いです。大人の方にはそういった知識の広がりのある絵本としてもおすすめです。

 

 それでは次回も山の本を紹介予定です。テーマが立て続けになりますが、路線は異なる本になります。どうぞよろしくお願いします。