おでん文庫の本棚

大人もこどももみんなで味わう児童文学をご紹介

上野発の夜行列車に乗る絵本

 こんにちは!さむいさむい!このあいだは、家の床の雑巾がけをして、からだをあたためていました(びんぼっちい響きですね。笑)。

 

 洗った食器を拭くときもそうですが、ものを磨いているときは、大切しようと思う気持ちが湧いてきます。ものたちにも、今年もお世話になりました。

 

 さて、今回紹介する絵本は、年末に読み返したくなる

 西村 繁男 作

 『やこうれっしゃ』

 です。

 

 夜行列車に乗ったことがある人は、どの位いるでしょうか。1976年頃には、運航本数も多く活躍していましたが、交通の便の発達に伴い、現在運航しているのは「サンライズ瀬戸・出雲」のみとなってしまったようです。帰省するために利用することが多かったであろう夜行列車、現在では深夜バスがその立ち位置に近いのかもしれません。

 

 私などは地元が神奈川で、就職が東京だったこともあり、夜行列車どころか、深夜バス・新幹線・飛行機とも縁がありませんでした。

 

 しかし、距離が近くても、若いときは尚更、そう容易く故郷に帰省ことはあまりなく。思いついたその日に家に帰ることが出来る距離だとしても、頭の中ではカントリー・ロードが流れ、東京にとどまろうとしていました。これが更に距離のある帰省であると、帰るという選択が何か大きい決断を背負っているような気配があります。

 

 石川さゆりさんの『津軽海峡・冬景色』(1977年リリース)による印象も強いです。冬の季節、東京から青森へ向かう夜行列車に乗る女性を歌っています。私は、東京で別れた人にさよならする決意の裏に、時間も距離もほんとはまだまだ足りていない、この切ない感情を、寝台列車に重ねて見てしまいます。

 

 そういったイメージもある寝台列車ですが、それとは対極をいく、あたたかい群衆を描いたのが、西村 繁男さんの『やこうれっしゃ』です。この絵本は、1980年に月刊『こどものとも』に初めて掲載されました。手元にある絵本は、2019年の第33刷にあたり、40年近くに渡って長く親しまれていることが分かります。

 

 表紙を飾るのは、夜行列車「EF58 110号機」。新幹線のなめらかでかっこよい表情とは違った、電車に近い見た目の親しみのある顔をしています。車体は青色。夜空と同じ色に染まっています。車体正面下から二股に分かれて後ろに流れる銀色のラインが風を切り、運転席の窓の上についた丸いライトが道しるべ。車体も夜空もやわらかい青色で、そこに丸みをおびた雲、ゆりかごのような三日月が浮かんでいます。

 

 この絵本は、言葉が無く、絵のみで進行していきます。上野駅から始まり、一晩かけて青森駅に着くまでの様子を描いています。見開きが横長で車両のよう。車体を斬鉄剣で縦半分に割ったような構図で、車内の様子が伺えます。

 

 故郷に向かうときに、列車に乗車している人が少しずつ減っていき、同じ場所に向かおうとしている人だけが残っている、あの空間にある一体感のような、安心できる雰囲気。そういう一体感が、この絵本では最初から最後まであふれています。

 

 子連れの家族や、カップル、ミュージシャン、会社員、駅員さんと、さまざまな目的を持った人たちが乗り合わせ、ボックス席ごとに過ごし方も違ってきます。棚の上に置く荷物も個性的ならば、椅子で寝るときの体制もひとそれぞれ。この人物のかき分けが絵本の見ごたえのひとつです。

 

 絵本が作られた時代がすこし古いので、現代に見る風景とは、人の服装や髪型、持ち物など異なるところはありますが、絵をじっくりと観察することで、登場している人物が何者なのか、向かいの席の人とどんな関係性なのか、何をしているところなのか、想像が広がる面白さがあります。

 

 また、列車外の景色の変化で場所の移動、人々が食事をして寝る生活習慣を追っていると時間の経過が、それとなく描かれています。自分の目線でみると、携帯をいじらずに過ごす時間がなんだか羨ましいです。

 

 携帯があると、何かが気になって、追われてもいないのになんとなく見てしまい、時間がずるずると過ぎています。絵本のゆるやかに過ぎていく時間に、「何も有意義なこともせずに勿体ない」と思わずに、羨ましいと思う雰囲気を持っていることが素敵だと思います。

 

 そして、今はコロナ禍ということもあり、車内で人との距離感が近くなるとちょっと緊張感が走ることがあります。新幹線で3席並びの真ん中しか席が取れなかったとき、長い距離の移動でペットボトルをカバンから出すのにも横の人の様子を伺い、とても気疲れしたことがあり、もう真ん中には座らないと心に決めたこともありました。

 

 しかしこの絵本では、そういう他人同士のなれ合いはないものも、全体としてあたたかい一体感があり、この空気感にほっとするような思いです。人が恋しいのに、近づくのは苦手な自分だからとても響いているのかもしれませんし、どうなのでしょう。

 

 列車が到着するときが絵本のゴールとなり、これまで一緒にいた人たちが、次に向かう場所へと移動していく姿を見送ることになります。

 

 「同じ釜の飯を食う」仲間意識のように「同じ列車に乗る」ことも、ちょっとした仲間意識が芽生える、そんな雰囲気が上手に立ち上がっています。みなさんの行く先が良いものとなるように、いってらっしゃいと心の中で呟くのでした。

 

 ではでは、今回の更新が今年最後の締めくくりとなります。いいなあと思った本のことを言語化する難しさを痛感することが多く、それでも、一冊と向き合う時間を大切にしたいという思いで、来年も続けていきます。

 

 みなさまにとって2023年が明るい年明けとなりますように。来年もよろしくお願いします。